星砂のシャドーライン

PART 4


翌日、冴木はいつも通りに出勤し、午前中に重要な二つの案件を手掛けることになった。一つは鬼石の女を巡るプライベート問題のあと処理。女の方は金を積んで黙らせたが、下世話な週刊誌の記者が食いついて来ていた。金も脅しも通用しなかったという強者で、何とかしてくれと泣きついて来たのだ。

「わかりました。では、昼までに私が提示する金額を用意していただきましょう」
「しかし、金なんかいくら積まれても真実を暴くと言って利かないんだ。そんな男をいったいどうやって黙らせる?」
「金は使い方次第で金額以上の働きをしてくれます。その週刊誌を発行している出版社の人事部長とは顔見知りです。確かロサンジェルスにも支社があったと思いますので、そこに一つポストを用意させましょう。それほどまでに有能な男なら、日本のような小さなシェアでは収まり切れないでしょうからね」
「栄転か。さすがだな」
鬼石が感心したように目を細める。

「それよりも10時から行われる記者会見の原稿を作り直しておきました。今度は常用漢字にも一通りルビを振っておきましたのでご確認ください」
そう言って冴木は原稿の入った封筒を渡した。
「わかった。助かるよ。それで、肝心な緊急災害時に於ける国の対応と指針についての報告書の方はまとまったのかね?」
「はい。こちらが国会での答弁用としてのもの。そして、こちらが内閣極秘事項に関する非公開ファイルになります」
冴木の仕事は常に無駄がなく、的確だった。鬼石にとって重要なのは無論、表向きの対策などではなく、緊急時、いかに身の安全を確保し、その地位を安定的に持続し得るかということだった。大事なのは国でも国民でもなく、己の保進だ。ひたすら我が身可愛さの極みである。そのためなら、国民を犠牲にしても構わないしどんな手段を使おうと正当化できるという自惚れが、永田町には蔓延していた。

(ふん。ハイエナめ)
冴木はそんな連中を哀れに思った。国民から税金を絞り取り、国という幻にしがみついて、利権を貪り、自らの足元が崩れていることもわからない愚か者でしかない。そんな連中が牛耳るこの国の国民は気の毒だとは思うが、彼一人で憂いたところでどうにかなる訳でもない。しかも、その一人一人に関して彼が責任を負うものでもなかった。
(そう。私とは何の関係もないことだ。あの子どもも……)


知香が目を覚ますと、見知らぬ部屋の天井が見えた。照明の形もカーテンの色も冴木の家の物とは違っていた。もっとも、冴木のマンションは昨夜、ロバートの活躍ですっかり破壊されてしまった。そこで彼らは取り合えず別の場所へ避難することになったのだが、知香は移動する車の中で眠ってしまったらしい。そこから先の記憶がなかった。
「おじちゃん……」
彼女はベッドの上に起き上がると、じっとドアを見つめた。

「グッモーニング! 知香。目が覚めたようね」
ドアノブが動いて、扉が開き、リンダが陽気に声を掛けた。
「おじちゃんは?」
固い表情で知香が訊いた。
「良は仕事に行ったわ。お腹が空いたでしょう? 顔を洗って着替えたら、すぐに朝食にしましょうね」

大学で日本学を取っていたというリンダは日本語が上手だった。
「着替えはクローゼットに容易しておいたから、好きなのを着てね」
彼女が扉を開けるとカラフルで可愛らしい洋服が幾つもハンガーに吊るされていた。
「きれい……。これ、知香が着てもいいの?」
子どもが訊いた。
「そうよ。ここにあるのはみんな、知香ちゃんの洋服。どう? これなんか素敵じゃない?」
フリルの付いたブラウスに白とピンクのストライプ模様のジャンバースカート。ポケットには赤い花のアップリケも付いていた。リンダはそれを子どもの身体に合わせて微笑した。

「うん。かわいい……」
触れると柔らかい感触がした。
「気に入った? それじゃ、まずあちらの洗面台で顔を洗って来なさい」
知香は言われた通り、洗面台に行くと急いで顔を洗った。それから鏡に向かってにっと笑う。

――どうしたらもっと美人になれる?
――笑顔でいたら……

「おじちゃん……」
もしかすると、自分は捨てられたのかもしれない。もう二度と冴木と会えなくなるのではないかと思うと知香は急に悲しくなった。

――私は子どもが嫌いです

「なら、知香、早く大人になる。うんと早く大人になるから……。そしたら、知香をおじちゃんのところに置いてくれる?」
あとからあとから涙が溢れ、鏡の中に映る顔はくしゃくしゃになった。
「知香ちゃん……」
リンダはそんな彼女が哀れに思った。


朝食はジョンも一緒だった。
「二人は結婚してるの?」
知香が訊いた。
「いえ、結婚はしていませんが、僕らはパートナーなんです」
ジョンが言った。
「パートナー? つまり同棲ってことか」
パンをかじりながら知香が言った。
「同棲?」
ジョンが訊いた。彼はリンダほど日本語に精通している訳ではなかった。
「同棲とは、つまり結婚していない男女が一緒に暮らすってこと」
リンダが説明する。

「それだけじゃないよ。男と女がいっしょに住んだら、やることは一つだろ? つまり、ジョンはセックスが好きなんだ」
子どもの言葉に、ジョンは思わずバターナイフを取り落とした。それを見てリンダが苦笑する。
「そんな言葉どこで覚えたの?」
「ママが言ってた。それに他のみんなも……。でも、冴木のおじちゃんはセックスよりお金が好きなんだって、変わってるね」

「そうですか? 僕もセックスよりコンピューターの方が好きなんですけど……」
ジョンが言った。
「ふーん。そうなんだ。おじちゃんの友達はみんな変わってるよ。くまちゃんはドア壊すし、ハンバーガー10個も食べちゃった。それで、知香とおじちゃんは一つずつしか食べられなかったの」
知香は皿の上のハムやチーズを手で掴むと、そのまま口の中に押し込んだ。

「ロールパンでよければお代わりあるわよ」
リンダが訊いた。
「ううん。いい。知香、もうお腹いっぱいだもん。何かさ、夢みたい……。知香ね、ずっとお腹がいっぱいになるまで食べたことなかったの。だってママはいつもほんの少ししか食べ物をくれなかったんだ。だから、知香、いつもお腹がへって……。いつかお腹いっぱい食べてみたいって思ってた。大好きな物、いっぱい……」
知香はぽろぽろと大粒の涙を流していた。
「でも、食べられなかった。おじちゃんもロバートもたくさんお食べって言ってくれたのに……。知香ね、やっぱりほんの少ししか食べられなかった。食べてもいいんだってわかってるのに……誰も叱ったり、殴ったりして来る奴はいないんだって……わかってるのに……それでも知香、やっぱりだめなの」

「知香ちゃん……」
リンダはそんな彼女の背中を撫でた。
「もういいのよ。何も心配しなくてもいい。誰もあなたを殴ったりしない。お腹いっぱい食べてもいいのよ。そして、知香は大きくならなきゃ……」
「大人になるってこと?」
「そうよ」
「うん。知香、早く大人になりたいんだ」

――私は子どもは嫌いです

「大人になったらおじちゃんに嫌われないもの……」
「君は良が好きかい?」
ジョンが訊いた。
「うん」
一瞬笑って、すぐにまた悲しそうな顔をした。
「でも、おじちゃんは知香が嫌いなんだ」
子どもが言った。
「そんなことないと思うわ」
リンダが庇うように言った。
「だって、おじちゃん言ってたもん。子どもは嫌いだって……。だから、知香を追い出したんだ」

「良は、君が好きだから、そうしたんだよ」
ジョンが言った。
「どうして?」
「君を立派なレディーにするために……」
「レディー? そんなものになってどうするの? 知香は知香のままでいいもん。他の何にもなりたくないよ!」
子どもが叫んだ。
「他のものになる必要はないんだよ。知香がもっと知香らしくなるために、輝きを与えるんだ」
ジョンが言った。
「輝き?」
「そう。たとえば、ほら、ここにりんごがあるだろう。これをナプキンで磨けばどうだい?」
ジョンがフルーツ籠から一つリンゴを取ると目の前でやって見せた。

「わあ。ピカピカ。きれいになったよ」
「そうだろう? 人間も同じことなんだ。人もまた磨けばきれいになる」
ジョンが籠にリンゴを戻して言った。
「お風呂に入るってこと?」
「それもあるね。でも、もっときれいになれる方法がある」
「なあに?」
「知識や教養を身につけることだよ。そうすれば、人は内面から輝くことができる」

「勉強するってこと?」
知香は自分が考えたことを自信なげに口にした。
「そう。本を読んだり、いろんなことを体験して、自分自身で確かめたりしながらね。だんだん自分のものにしていく。つまり、一つ一つアイテムを探して、ステージを上がっていくゲームみたいなものだよ」
「ゲーム? 知らないよ。知香はゲームなんかしたことないもん」
「それじゃあ、あとで僕が教えてあげよう」

「それっておもしろいの?」
「ああ。面白いよ。まずは基本のリバーシかチェスを教えてあげる。だから、そのお皿のスープを早く飲んでしまおうね」
「うん」
知香はずずっと音を立ててスープを飲み干すと、手の甲で口を拭った。その手をそっと掴んでリンダが言った。
「ここにナプキンがあるでしょう? これで拭くのよ」
「でも、こんなに真っ白できれいだよ。拭いたら汚れちゃうよ。汚したらまたママにぶたれちゃう!」

「それは知香ちゃんのだから、誰も君をぶったりしないよ」
ジョンが言った。
「知香の?」
「そうよ。一人に一つずつあるの。だから気にしなくていいのよ。ナプキンは汚れたら洗えばいいんだから……」
「手だって汚れたら洗えるよ」
上目遣いで彼らを見る。

「それじゃあ、こうしたらどうかな?」
ジョンはそう言うと、まだ半分ほど残っていたヨーグルトの皿に手を突っ込んだ。驚いて彼を見つめる知香。ジョンは構わず手に付いたそれを舐めた。口の周りや頬にもヨーグルトがくっつく。
「何? そんなことしたら汚いよ」
知香が言った。
「どうして? あとでちゃんと洗えば大丈夫だろう?」
ジョンは更にその手でヨーグルトを掬って舐め回す。
「だめだよ! せっかくスプーンがあるんだから、手で食べるなんてだめだよ」
泣きそうな顔をして子どもは言った。

「何故そう思う?」
「だって……」
知香が俯く。
「僕、食事の前にちゃんと手を洗ったよ」
「でも……」
知香は軽く目を閉じ、小さく息を吐いてから言った。
「知香もやってたよ。これまでは、何だって手で食べてた。けど、ふつうだと思ってた。でも、ジョンがそんなことしちゃいやだ。見たくないよ。だって、そんなの、ちっともきれいじゃないもん」
「そう。きれいじゃないね」
そう言うとジョンは自分のナプキンで手や口の周りを拭った。

「自分だけならいいけど、こんなことをすると、一緒にいる誰かが不快な思いをするってわかったかい? そのためにテーブルマナーがあるんだ」
「わかった。それに……」
「それに?」
彼が訊いた。
「きれいなお皿に乗せてあると、すごくおいしそうに見えるよ。食べ物がみんなきらきらしてる。急いだり、隠れたりしないで食べると、ほんとにおいしいって感じる。もう誰も知香のパンを取ったりしないね?」
「ああ」
ジョンが頷く。
「もう誰も知香のこと叩いたりしない」
「そうよ。だから、安心していいのよ」
リンダも言った。

「わかった。知香、いい子になる。ちゃんとナプキンも使う。だから許してくれる?」
「もちろんだとも。君はいい子だ。知らないということは悪いことじゃない。これから少しずつ覚えていけばいい。君には素晴らしい可能性が広がっているんだ。毎日少しずつ覚えていこう」
「いっぱい覚えられる?」
「ああ」
「そしたら、おじちゃんのところに帰れる?」
「それは……」
ジョンは少し首を傾げた。
「でも、会えない訳じゃないわ」
リンダが言った。
「ほんと?」
「ええ。だから、今日はまず最初のアイテムを手に入れに行きましょう」

「アイテム?」
「美容院に行って髪をきれいにしてもらうの」
「美容院? そういえばおじちゃんも言ってた」
「そうよ。きっと良も喜んでくれるわ」
「ほんと?」
「だから。これを片付けたら早速行きましょうね」
「お皿なら知香が洗うよ。知香、得意なんだ」
そう言うと、子どもはバランスよく食器を重ねてキッチンへ持って行った。

「なかなか賢い子だ」
知香が部屋を出て行くとジョンが言った。
「欲しいの?」
「そうだね。君と僕とで育てようか」
「でも、良は何処か関わりのない家に養女に出したいって言ってたわよ」
「僕達なら、あの子の親になれると思わないかい?」
「そうね。考えとくわ。その前にあなた、手を洗った方がいいわよ」
「ああ」
彼は洗面台に向かい、リンダはキッチンの方へ歩いて行った。


それから、知香はリンダに連れられて美容院に行った。髪をきれいに揃えてもらい、可愛い髪飾りも付けてもらった。
「わあ。何だか知香じゃないみたい……」
鏡を見て言った。
「すごくいいわよ。あんまり可愛くなっちゃってジョンがお嫁さんに欲しいって言い出すかもね」
リンダが言うと、子どもは少し不満そうに言った。
「悪いけど、わたし良のおよめさんになるんだ」
「へえ。そうなんだ。それを聞いたらジョンがきっとがっかりするわね」
「彼にはリンダがいるじゃない。浮気はだめだよ」
「うふふ。そうね。よく言っておくわ」


その後、二人は大型スーパーで買い物をした。
「ねえ、何か欲しい物があれば買ってあげるわよ。本でもおもちゃでも……」
リンダが訊いた。
「ううん。いいよ。もうたくさん買ってもらったもん。服や靴やそれに……」
棒付きのフラワーキャンディーをしっかり抱えて知香が言った。
「だって、家には遊ぶ物がないわ。ほら、このお人形なんてどう?」
それはドレスを着て、ビーズの首飾りをしていた。知香はうっとりとそれを見たが、すぐにあとずさって言った。
「いらない!」
そう言うと彼女は逃げるようにそこから駆け出して行ってしまった。

店の中は広かった。
(ここっていったいどこなんだろ?)
いくら走っても出口は見つからなかった。子どもは不安にかられた。それは知香の知らない世界だった。照明が眩しい。見知らぬ人達の知らない言葉がBGMのようにわーんと耳の奥に響いて来た。
色とりどりの商品が行儀よく並んでいる棚の脇を、知香よりも小さい子が笑いながら通り過ぎた。
「何? いやだ……何だかこわい……!」

さらに知香は奥へ向かった。スタイルの良いマネキンが最新流行の服を纏って立っていた。ショーウインドーに並べられている宝石は綺麗だったが、妙に高飛車でよそよそしい光を放っていた。
「どうして? ここは何だかきれい過ぎる。ここは人がいっぱいで、ここは……」
キャンディーを握り締めたまま涙がこぼれた。
「お嬢ちゃん一人?」
青い制服姿の店員が話し掛けて来た。
「おうちの人とはぐれちゃったのかな?」
やさしい笑顔で近づいて来る。知香はゆっくりとうしろに下がった。
ブティックの鏡に映った女の子は悲しそうな顔をしてパステルカラーの飴の花束を握っていた。

「ちがう……。知香は迷子じゃないもん!」
そう叫ぶと子どもはその場から駆け出した。
(ちがう。鏡に映ったあの子は……。あれは知香なんかじゃない! あれは、だれか知らない子……)
これまで彼女がいたところとはまるでちがう世界だった。そして、そこに自分がいることが彼女にはまだ信じられなかった。

「おじちゃん……!」
子どもは途方に暮れて座り込んだ。
「そんなとこでもたもたしてるんじゃないよ!」
いきなり怒鳴られた。知香はびくっとして硬直した。反射的に頭を庇って縮こまる。
「ごめんなさい! ママ、ごめん……」
しかし、母の声に似ていると思ったその人は一つ向こうの通路で子どもを叱っている見知らぬ中年女性だった。
「まったく冗談じゃないよ。さっきも一つ買ってやったろうが……」
知香よりも小さい男の子が床に座り込んで駄々をこねていた。

(知香じゃなかった……)
子どもはほっとして顔をあげた。胸の鼓動が大きく鳴った。
「あれは知香のママじゃない。ここにはもうあの女はいない。知香は自由になったんだ……」
呟くように自分に言い聞かせる。
「そうよ。だから、もう帰りましょう」
いつの間にかリンダがそこに立っていた。その顔を見た途端、子どもはわっと泣き出した。

「ごめんなさい。急にいなくなって……でも、こわかったの! 知香、すごく怖くて……。ここがどこかわからなくて……。もう誰も知香をぶたないのに、もう誰も知香の悪口を言ったりしないのに……。だめなの。ここはきれい過ぎて、何もかも冷た過ぎて……。知香、すごくこわかったよぉ」

子どもは他人から親切にされたり、やさしくされたりした経験がなかった。それが、急に状況が変化し、大事に扱われたことで不安を感じていた。
「いいのよ。無理しなくて……。少しずつ慣れて行きましょうね」
必死になって生きようとしがみついて来る子どもの熱い体温を感じて、リンダはこの子どもを守ってやりたいと思った。


そして、午後、家に帰ると、ジョンは約束通り、知香にリバーシを教えた。子どもはすぐに覚えて夢中になった。
「そうか。角に置けば挟まれないんだ」
知香はなるべく端の列を押さえようとした。

「ふふふ。これで角は三つ取ったよ。今度はきっと知香の勝ちだよ」
二度続けて負けたので、次は絶対に勝つと宣言していた彼女が得意そうに言った。現にボードの上のコマは、大半が彼女の白いコマで埋め尽くされていた。

「さあて、どうかな?」
ジョンはふっと笑って途中のマスに黒を置いた。すると、周囲のコマがことごとく引っくり返り、勝負はわからなくなった。
「まだ白の方が多いもん」
それでも子どもは強気に言ったが、彼女のコマはもう挟むところがない。
「それじゃあ、僕の番だね」
そう言うとまたジョンが黒いコマを置く。また幾つかの白が引っ繰り返された。

その後一度知香がコマを置いて2つ取り返したが、次には再び黒が8つ取り返し、最後に知香が1つ黒いコマを取ってゲームは終わった。

「あーあ、負けちゃった」
子どもがべそをかいた。
「少しくらい手加減してあげたらいいのに……」
ミルクティーを運んで来たリンダが言った。が、知香が首を横に振った。
「そんなのだめだよ! 知香は本気で勝ちたいんだ。手加減されて勝ったってうれしくないもん」
「そうさ。ゲームはいつも真剣勝負だからね。知香にはゲーマーとしての素質があるよ」
「ほんと?」
「ああ。たった三戦目なのに、これだけの戦術が使えるんだ。自信を持っていいよ」
ジョンに褒められて知香はうれしそうだった。

「それじゃあ、もう一回!」
中央にコマを4つ並べて知香が言った。
「いいよ。さあ勝負だ」
ジョンが応じる。
「ふふ。そうしていると何だか本当の親子みたいね」
光の中で対戦する二人を見てリンダは思った。
(わたしもこの子が欲しくなっちゃった)


その夜、ジョンの携帯に冴木から電話があった。
「はい。うまくやっていますよ」
ジョンが言った。
――「では予定通りに頼みます」
「今日、美容院にやって髪型を変えたんです。必要な物も買いそろえましたし、彼女、見違えるほど可愛くなりましたよ。写真送りましょうか?」
――「いいえ、結構です。私はロバートと違って小さい女の子の写真を愛でる趣味はありませんので……」
「でも、彼女が見て欲しいそうですから、送りますよ。約束したので……」

写真はすぐに電送された。そこに映っている知香は非の打ちどころがないような愛らしい笑顔でこちらを見ていた。
「知香……」

――おじちゃん

ふと知香の声が聞こえたような気がして冴木は思わず振り返った。が、そこには昨日見た名残の風が微かに揺れているだけだった。